レンドル最強説&フェデラー最強説blog

【レンドル最強説】の雑記部分をブログ化しました。右のリンクから本体へも是非どうぞ。

グランドスラム、自国優勝者について

いくつか前の記事で、フェデラーの作った全仏記録を取り上げ
その中でグランドスラムの勝利数というのを載せました。

そこを見てみると、全米を除いて、自国の選手の活躍というのが
なかなか困難であることが浮き彫りになりました。

まあ厳密に言えば、アメリカ以外のオーストラリア、フランス、イギリスの選手が
地元大会に限らず全体的に活躍度が低いということだけなんですけどね。
むしろ全仏のノアやウィンブルドンのヘンマンは随分頑張っている方だと思います。

とはいえ、地元優勝というのはやはりファンにとって特別なことで
選手たちには大いなる期待がかけられることになるのだと思います。

今回は、直近のグランドスラムの地元選手優勝者というものを振り返ってみました。

《各グランドスラム、最後の地元優勝者(2012年全仏終了時点)》
 全豪 1976年 エドモンドソン
 全仏 1983年 ノア
 全英 1936年 ペリー
 全米 2003年 ロディック


断トツで古い数字がウィンブルドンで、最後の優勝は実に76年前になっています。

1936年というと日本では「二・二六事件」があった年です。
調べてみたら「阿部定事件」「上野動物園黒ヒョウ脱走事件」
とあわせて「昭和11年の三大事件」というらしいですね。

スポーツ界では巨人が初勝利をしていたり、双葉山が優勝したりしています。
テニスだと、ロイ・エマーソンやアシュリー・クーパーが1936年生まれです。
近い年齢ではローズウォール1934年生まれ、レーバー1938年生まれといったところがいます。

いや別に1936年を振り返りたいわけじゃないんです。
どれだけ昔かというのを伝えたかったのです。
まあ伝わり方はいまいちだったかもしれませんが、いずれにしろ、
グランドスラムの地元優勝というのは今では遠いものだということになります。

roddick-1.jpg
中でも一番最近に達成されているの全米は、優勝者のロディックがまだ現役なので
「遥か遠い昔」という印象にまではいっていないと思います。
それでも実に9年前のことなのです。テニス界でいえば充分一昔前です。
かつてはテニス大国だったアメリカですが、
こうまで強い選手が出ていない時期というのも珍しいのではないでしょうか。
はるか昔のチルデン時代から、少しのブランクはあれど
アメリカに強い選手がいないことはこれまでほとんどありませんでした。

一度だけ、1955年のトレイバートから1968年のアッシュまでの12年間、
全米でアメリカ選手の優勝がなかった時期があります。
ただ、この時はプロツアーの方でパンチョ・ゴンザレスが猛威を振るっていました。
当時のプロツアーはグランドスラム以上のレベルと考えられていましたから
実質アメリカに強い選手がいなかったわけではないのです。

その意味で、現在の9年間というのは、初めて訪れたアメリカの低迷期といえるでしょう。

全米は、グランドスラムの中で一番最近地元優勝を果たしている大会ではあるのですが、
それまでの強さとのギャップを考えると地元選手の停滞感が非常に大きな大会だといえるでしょう。

hewitt-4a.jpg
続いて全豪です。これも一時期までは強い地元選手がわんさかといました。
今回調べて驚いたことがあります。
1976年が一番最近の地元優勝ですが、それ以前の全豪はオーストラリア選手が本当に強く
何と、2年続けて地元以外の選手が優勝したことというのが殆ど無いんです。
1905年の開始以来、1900年代に1回、1910年代に1回、1920年代に1回の計3回だけ
地元選手以外が連覇したことがあります。しかしそれを除くと皆無です。

戦後の1946年から1976年までの31回を見てみますと、
なんと、うち27回が地元選手の優勝となっています。地元以外の優勝は4回だけです。
1951年サビット(アメリカ)、1959年オルメド(ペルー)、
1970年アッシュ(アメリカ)、1974年コナーズ(アメリカ)の4人です。

確かに全豪は他のグランドスラムに比べて地元以外の選手の出場率は低かったかもしれません。
しかし、ここまで来るとそんな程度のことは瑣末な事柄に過ぎません。
これはまったく凄いことです。

さてそれに比べて現在ですが、1976年を最後に36年間、ぱたっと地元優勝が途絶えてしまいました。
その間、キャッシュ、ラフター、ヒューイットなどといった選手が出てきてはいますが
いずれもウィンブルドンと全米の優勝であって、全豪の優勝はありません。
ある時を境にしたこのような急激な落ち込みというのは一体何が原因なのでしょうか。
実に不思議なものです。

アメリカ同様、しばらく地元選手優勝の見込みはなさそうです。
まあ見方によってはセルビアとスペインとスイス以外は全部見込みが無さそうなんですが。

noah-2a.jpg
続いて全仏に行きましょう。最後の地元優勝は1983年のヤニック・ノアです。
全豪ほどではないですがやはり随分昔です。
そして、フランスの場合、アメリカ、オーストラリアと決定的に違う部分があります。
最後の地元優勝の直前まではずっと強い状態が続いていたのがアメリカやオーストラリアなのですが
フランスに関してはノア優勝以前もフランス選手の時代というのがありませんでした。
ノア優勝以前の最後の地元優勝は1946年のマルセル・ベルナールでした。
実にノア優勝は37年ぶり、突発的な快挙だったのです。
仮に来年全豪で地元優勝があれば、この時と丁度同じ間隔での優勝となります。

現在フランスにはツォンガ、モンフィス、ガスケ、シモンといった有力な選手がいます。
アメリカやオーストラリアに比べれば地元優勝の可能性も高いといえるでしょう。
グランドスラムキャリアでいえば、ツォンガは準優勝経験者、
モンフィスとガスケはベスト4、シモンはベスト8経験者となります。
しかし全仏に限っては、モンフィスのみベスト4に進出しているものの、
ツォンガはベスト8,ガスケとシモンは4回戦までと、
必ずしも彼等にとって最適な大会になっているわけではないのです。

現在クレーではスペイン勢が強いですが、
これはスペインが基本クレーコートの国であることが理由と言えます。
フランスに関しては、全仏はクレーですが、それ以外にクレーでないコートが多くあり、
選手たちはむしろそちらに慣れてしまっているという面があるのかもしれません。
その意味では全仏地元優勝もまだまだハードルが高いといえるでしょう。

fredperry-1a.jpg
最後にウィンブルドンです。
フレッド・ペリーがプロになってしまってから本当に長く優勝者が出ていません。
実のところペリーの時代までは他のイギリス人選手達も全豪優勝などをしておりました。
戦後になってパタッとイギリス人選手がいなくなったことになります。
一応、強引な言い方をすれば1954年ウィンブルドン覇者のヤロスラフ・ドロブニーは、
チェコ出身でエジプト国籍も取得しており、1959年にはイギリス国籍になりますので
イギリス人選手といえなくもなく、優勝者が全くいないわけではないことになります。
まあしかし優勝当時はまだイギリス人ではないので結局はノーカウントということになりますか。
ドロブニーがノーカウントだとすると、あとは90年代のヘンマンもベスト4止まりでしたので
準優勝者すらも生み出していないことになります。
まだ他のグランドスラムは、最後の地元優勝者から現在までに少なくとも一人の準優勝者を出しています。
しかしウィンブルドンでは今のところマレーもベスト4止まりなので、
この件については何も打破できていないことになります。

地元優勝は全グランドスラムで縁遠いものとなっているのですが、
中でもウィンブルドンは特に群を抜いて縁遠いものになっているわけです。

murray-1a.jpg
しかし、今後の可能性を考えた場合、
実はアンディ・マレーによるウィンブルドン制覇が一番現実味があります。
ツォンガ等のフランス勢も良い活躍をしていますが、なにせ全仏向きではありません。
ところがマレーはグラスコートを得意としています。
近年中にグランドスラム地元優勝者が生まれるとすれば、
それはウィンブルドン、達成者はアンディ・マレーになるのではないでしょうか。

コーチも良いし(しつこい)


スポンサーサイト

テーマ:テニス - ジャンル:スポーツ

  1. 2012/06/21(木) 18:39:21|
  2. 過去の記録
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5
<<2012年、ウィンブルドンドロー発表 | ホーム | 2012年ウィンブルドン直前、アンディ・マレー考>>

コメント

管理人様ホントに怒涛の更新お疲れ様ですm(_ _)mおかげで私達訪問者もとても楽しませていただいております。

やはり地元優勝というのは格別でしょうね。世界最高峰の大会で地元選手が優勝する・・・オリンピックも地元選手の活躍が大いに盛り上がりますしね。

それにしても地元優勝というのは近年では殆ど無いんですね・・・。まぁ有力選手の出身国でグランドスラムがないだけなのかもしれませんが、しかしウィンブルドンなどはいくらなんでも期間が開き過ぎなような気がします。第一回から今まで地元優勝者が出てない期間のほうが長いんじゃないかと思うほどに・・・。

正直ロディックに関しては、もう時代が悪かったとしか言いようがないように思います。ロディック優勝の翌年、いよいよフェデラーが覚醒しましたしね。実際2004・2005のウィンブルドン、2006年の全米と決勝には進出しているので、2003年の優勝から力が落ちたとは言えませんしね。そして2009年のウィンブルドン含めて、その全てでフェデラーに優勝を阻まれていることも考えると、ホントに相手が悪いというか・・・。

2005年の全豪でのヒューイットも正直相手が悪かったですね。フェデラーではなくサフィンが決勝でしたが、サフィンはどうしてもムラッ気がありましたし、実際第三セットまではヒューイットが押していました。しかし第三セット終盤から突如サフィンが覚醒・・・ファースト確率がその時点から90%近い確率だったように思います。フェデラーすら前の試合で沈めた力を発揮して強引に押し切ってしまいました・・・その意味で行くと、ロディック以上に地元優勝には近かったかもしれませんね。

そして現在地元優勝者をもっとも期待されてるのはやっぱりマレーですね。そしてコーチも良いと思います(笑)。コーチも現役時代苦労して弱点を埋めていった選手だと思うので、その苦労がわかっている方がコーチ向きだと思います。
しかし何にせよ、ここ最近連続でナダルに敗れている点はなんとも評価しがたいです・・・。プレースタイル的には芝ではマレーのほうが有利だと思っていたのですが、やはりナダルもハードよりは動きやすいのでしょうね。

  1. URL |
  2. 2012/06/22(金) 00:37:25 |
  3. TOTO #-
  4. [ 編集]

>TOTO様

丁寧なコメントありがとうございます。

マレーも3強を相手にするときは良い試合をすることが多いんですよね。
ナダル戦で、あそこまで押してて負けちゃうのかあ、と思った試合が何度あったことか。
力がないわけではないというのは誰もがわかっているので
去年のジョコビッチのように何かのきっかけで覚醒するかもしれません。

ナダルが最初にウィンブルドンで決勝に出た時は驚きましたが今となっては最早自然のことで、
マレーが勝てないのも、まあナダルならばやむなし、みたいな雰囲気さえあります。
ただ、全仏決勝を見た限りだと、ジョコビッチを封じることができたのはあのクレーのバウンドだと思うので
またもやナダルとジョコビッチの決勝になったとしたら全仏のようにはいかないだろうなとは感じます。

他の選手としては、なんとしてもナダルvsジョコビッチの連続決勝に
いい加減待ったをかけなければなりません。
マレーはその筆頭候補となるべき選手でありますが、大丈夫かなあ。
  1. URL |
  2. 2012/06/22(金) 09:04:15 |
  3. Au-Saga #3/VKSDZ2
  4. [ 編集]

今1992全英決勝を見てますがストローカーとネットプレーヤーの対戦が多彩で面白いなあと思ってます。ベスト8がアガシ以外全員ネットプレーヤーというのが今と真逆で興味深いです。
現在片手バックの選手が減ってますがビッグサーバーも見なくなりました。タナーとかイバニセビッチとかクイックでエース取りまくる選手が懐かしくなります。球とかラケットとかコートの変化でエースが取りにくくなったとかあるんですかね。
いろんなタイプが混在するようになって欲しいものです。そういえばフォアバックとも両手打ちもいなくなりましたね。
  1. URL |
  2. 2012/06/23(土) 16:05:14 |
  3. y #-
  4. [ 編集]

レンドルのウィンブルドン

レンドルの話題が、マレーのコーチをしていることもありパラパラでてくるようになりました。ご存知のようにレンドル自身は最後までウィンブルドンには手が届きませんでした。前もコメントしましたが師匠レンドルの悲願を弟子マレーがかなえるとかあれば面白いと思います。

1980年代後半に何度かチャンスはあったんですが、一番悔やまれるのはキャッシュに完敗した1987年だと思われます。レンドルの決勝戦での出来もひどすぎましたが、キャッシュも絶好調だったのでやむなしかというところです。その年レンドルは準決勝でエドバーグとあたり、エドバーグ相手に100%サーブアンドボレーに切り替えたスタイルで勝つという頑張りを見せたのですが、キャッシュはコナーズに勝っています。たらればなのですが仮にその時期レンドルがウィンブルドンでコナーズと当たった場合、やはり100%サーブアンドボレーで臨んだのか、あるいはベースラインプレーヤーに戻って対コナーズ用の作戦であるスライスを多用したのか、興味深いところです。レンドル自身はウィンブルドンではサーブアンドボレーにパワーを加えるべく、ラケットのテンションを緩めにしていたようですので、なかなかストローク戦中心に切り替えるのも難しかったかなとは思いますが、リターンのいいコナーズ相手にあえてその選択を取ったかどうか・・・
  1. URL |
  2. 2012/06/23(土) 20:29:41 |
  3. pixiyu #-
  4. [ 編集]

>y様

現在のプレー画一化が時代の流れの中の一つの通過点であればいいんですけど
テニスという競技が極まった結果としての到達点ということなのであれば
今後の変化が見込めないということになり残念な気になります。
90年代もサーブ&ボレーばかりと言われていましたが、
アガシなどのレアリティが存在していました。
現在はそうした勢力が見当たりません。


>pixiyu様

以前当ブログでレンドルのウィンブルドン談義になった時にも述べたことがあるのですが
私個人としては1987年よりも1989年が一番惜しかったかなと思っています。
まあ、それでももちろん87年も、レンドルは勝つべき年ではありました。
何より、それ以前にレンドルはウィンブルドンでキャッシュに勝ってましたから。
もしも当時グラスでレンドルとコナーズが戦っていたらレンドルはどうプレーしたでしょう。
私も気になる部分です。数年後なら間違い無くサーブ&ボレーだったでしょう。
レンドルは勝つようになってからもコナーズを苦手な選手といってました。
  1. URL |
  2. 2012/06/24(日) 11:37:45 |
  3. Au-Saga #3/VKSDZ2
  4. [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://ausaga.blog71.fc2.com/tb.php/730-b4fab59e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

Au-Saga

Author:Au-Saga

本体へのリンク

男子テニスデータ検証サイト
【レンドル最強説】
【更新履歴】
【ATP】

ブログ内検索

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

カテゴリー

FC2カウンター