レンドル最強説&フェデラー最強説blog

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2015年、全米開幕。10年前との比較など(コメント欄に追記あり)

さあ、始まりました全米オープン2015年。

早速初戦の結果を見るぞ。

って、えー

えー

・・・えー

ん~と。

まあ、1回戦はまだ全部終わってないし、今日のところは取り敢えず現実逃避でもしときますか。

先週の大会でも取り上げましょう。
ウィンストン・セーラムで行われたマスターズ250の大会です。
全米の前の週、しかも小規模の大会ということで出場選手は地味でした。
しかもそれぞれの選手が本番前に全力で戦いたくなかったのか
ことごとく早いラウンドで敗退しました。

トップシードのシモンをはじめ、ツォンガ、バグダティス、クリザン、アンドゥハル、ヤノヴィッツと
数多くのシード選手が、初戦か、良くて1回勝っただけで大会を後にしました。
もう、だったら出なきゃいいのに。

ノーシードの選手も、前週のシンシナティで大活躍を見せたドルゴポロフが初戦敗退でしたし
大活躍をいつもいつも期待しているグルビスも、まあこれはある程度予想の範囲内でしたがやはり初戦敗退でした。

更にですね、近年赤丸急上昇中の、あのジョアン・ソウザが、なんと
第10シードをもらっていたにも関わらずなんと初戦敗退を喫してしまったのです。

しかもですよ、更にもう一人、
そのソウザに匹敵する赤丸の上昇度を見せている、あの、ジョアン・ソウザも
なんとこれまた初戦敗退を喫しているのです。

この体たらくの極みのような大会にあって、
唯一頑張ったのが第2シードのケヴィン・アンダーソンでした。
一人気を吐き優勝を飾りました。
こういう選手に全米も頑張ってほしいですよね。
ただ体力的な面でいえば他の多くの選手の選択が正しいのかもしれません。
こうしたたるんだ空気、アンダーソンに吹き飛ばしてもらおうじゃありませんか。
常に全力でも勝てるんだということを、われわれに見せてくれ、ケヴィン!

因みにみんな知りたいと思うので、今年の全米に少しだけ触れておきます。
ジョアン・ソウザ。
ジョコビッチを相手に「1-6 1-6 1-6」と、もうわかりきっていたことでしたがボコッボコでした。
前週で体力温存した意味ないじゃ~ん。

もう一人。
ジョアン・ソウザ。
こちらはファイナルセットタイブレークの激戦でしたがやはり初戦敗退でした。
ん~先週と言い、まだジョアン・ソウザとジョアン・ソウザの時代は来ていないようですね。

おっと、現実逃避していますから、今年の話はここまでです。
ちょっと趣向を変えて、せっかくのサイト10周年ですから
10年前の全米と今年の全米のシード選手の顔ぶれ比較などをやってみようかなと思います。

では早速クイズです。
当時と今年、10年を経て両方でシードをもらっている選手は何人いるでしょう。







 ↓ 正解は・・・






7人でした。

意外と多くないですか?私は3~4人だと思いました。
以下が顔ぶれです。まあ名前を見ると納得ですね。
(名前の後ろの数字は、2005年シード → 2015年シード)


フェデラー 1 → 2
ナダル 2 → 8
ガスケ 13 → 12
フェレール 17 → 7
ロブレド 19 → 26
ロペス 26 → 18
ベルディフ 32 → 6

全体的に今のベテランを象徴する大器晩成のタイプが多いというのが印象的です。
しかもこのうち4人がシード番号を上げているというのがまた見事です。
この中でナダルとガスケは当時まだ10代でした。

当時第32シードのベルディフは初戦でコールシュライバーと対戦していました。
コールシュライバーは今年は第29シードですが当時はノーシードでした。
試合はベルディフが勝ち、その後3回戦でアガシに敗れました。
アガシは決勝にまで行きましたが当時35歳、今のフェデラーよりも更に1歳上でした。

今年が最後の全米という選手が何人かいますが
その選手たちは10年前にも大会に出ていました。

まずは第3シードのヒューイット。順当に勝ち上がり準決勝で優勝者のフェデラーに敗退しました。
ボトムハーフの方は第2シードのナダルが3回戦でジェームス・ブレークに敗れ、
第4シードのロディックは初戦で敗退していました。
トップハーフは上位2人がしっかり勝ち上がっていたことになります。

続いてマーディ・フィッシュ。初戦でカルロビッチと対戦し敗退していました。
タイブレーク2つを含む4セットマッチでカルロビッチのエース数は31本でした。
カルロビッチ、10年前から相変わらずだったんですね。
因みにカルロビッチは続く2回戦でアガシに敗れるのですが、
スコアは「6-7 6-7 6-7」エースは27本でした。フェデラー以上に変わらない選手かも。

ジネプリはこの2005年全米が正にキャリアハイライトの大会だったと言えます。
ハース、ガスケ、コリアとシード勢を次々と撃破し、ベスト4にまで進出しました。
先述のようにボトムハーフはシードダウンが多かったわけですが、
ジネプリもその一員を担っていたんですね。
準決勝でアガシに敗退するのですがフルセットの熱戦でした。

最後にニエミネンですが、この選手も割と健闘しています。
4回戦でベルダスコを下して準々決勝にまで進出していました。
そこでヒューイットに敗退しますが試合はフルセットにまでもつれました。

フィッシュvsカルロビッチとか、ヒューイットvsニエミネンとか、ベルディフvsコールシュライバーとか
当時も行われた試合が今回も実現したら興奮度MAXといえます。
可能性はかなり低いのですが10年前に思いを寄せてこれら選手の最後の雄姿を眺めるのもいいかもしれません。

因みに10年前のジョコビッチは100位に入ったばかりでしたから
もちろんノーシードでのエントリーだったのですが、
初戦でモンフィスを下し2回戦で第22シードのアンチッチを下す健闘を見せました。
そして3回戦でベルダスコに敗れています。
ベルダスコもノーシードでしたが初戦で第12シードのヘンマンを下していました。
今年のベルダスコはナダルの山に入っていますので準々決勝でジョコビッチと当たる可能性はあります。

10年前のマレーは予選上がりでした。
初戦は突破しましたが2回戦でアルノー・クレモンに敗れています。
今年のマレーは果たして10年前以上の3回戦までたどり着けるでしょうか。

コメント欄に追記を行っています。よろしければそちらもご参照ください)


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テーマ:テニス - ジャンル:スポーツ

  1. 2015/09/01(火) 12:10:40|
  2. 2015年7月~9月
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:13
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コメント

朝スコアを見て、上下が逆なんじゃないかと二度見しちゃいましたよ。
はは・・ははは・・・

> 第4シードのロディックは初戦で敗退していました。

なんかサラッと重要事項が書いてある辺り、さすがですね。
  1. URL |
  2. 2015/09/01(火) 13:06:24 |
  3. ラカン #KTFWzs4k
  4. [ 編集]

追記です。

10年間のシード比較ですが、更にもう10年前の1995年となると
2001年のトーナメント改革前になるのでシード選手は16人しかおりません。
さすがに直接比較対象とするのは難しいのですが
一応両方でシードをもらっている選手というのがただ一人だけいます。

さて誰でしょう?

ってもうほとんどクイズになっていないですがそう、アガシですね。
で、更に10年さかのぼって1985年をみますと、やはり1人だけ10年越しのシード選手がいます。
これは少しクイズっぽくなりそうですが、
誰だと思いますか?

正解はボリス・ベッカーです。
更にもう10年さかのぼります。1975年と1985年の比較ですね。
この両方でシードをもらっている選手、一人います!
これはさすがに簡単ですね。その通り、コナーズです。因みに1975年にはレーバーも出ています。
4回戦でボルグに敗退していました。ボルグは準決勝でコナーズに敗れています。
優勝はオランテスでコナーズは準優勝でした。

更に10年さかのぼっちゃいますか。1965年。
もはやオープン化すらされていない時代で、プロ選手が出ていませんので大幅に出場メンバーが削られます。
シードも8人しかいませんでした。ドロー128というのは変わらないのにシードは僅かに8という時代でした。
しかし、いるんです。一人だけ10年後とシードがかぶっている選手。
正解はアーサー・アッシュでした。

こうして見て見ると、10年ごとに一人だけシードがかぶっている状態がずっと続いていたわけですが
今年は実に7人もいます。これは驚くべきことです。
32シード制だからという有利な数字の要因も上げられますが、
16シードに限定しても3人いますし、8シードに限定しても2人いるんです。
改めて特異な時代、特異な10年間だと言っていいでしょう。

つまり、この10年はテニス史上最高の10年なわけですから
そりゃ日本史上最強のテニスサイトだって生まれるわけですよ。ねえ。

  1. URL |
  2. 2015/09/01(火) 13:57:11 |
  3. Au-Saga #3/VKSDZ2
  4. [ 編集]

>ラカン様

ありがとうございます。そこに目をつけていただけましたか。
そう、2005年には第4シードが敗退してるんです。初戦で。
しょうがないんです第4シードってそうなんです。

その10年前だって、
1995年、第4シード、ベッカー、ベスト4・・・って空気読めや~
1985年、第4シード、コナーズ、ベスト4、おいおい
1975年、第4シード、アッシュ、3回戦敗退。うんまあまあ
1965年、第4シード、サンタナ、優勝。あちゃ~

あれ、そういえば10年越しでシードをもらっているベテラン選手って、皆第4シードなんですね。
これはびっくり。きっとあれですよ、若造がいては駄目な場所なんですよ。
第4シードはベテランのもの、そういうこと。
これは仕方ない。今年は場所が悪かったということで。

  1. URL |
  2. 2015/09/01(火) 14:08:17 |
  3. Au-Saga #3/VKSDZ2
  4. [ 編集]

管理人様お久しぶりです、ご無沙汰しております。
遅ればせながらサイト開設10周年おめでとうございます。
レイトンの最後のUSOですねぇ、栄光と挫折両方を味わった思い出深いGSでした…大量のティッシュとともに観戦します(涙)

あ、、、えーと、その前年決勝進出者のアレって大会は違うけどレイトンリスペクトなんでしょうか…ええ、きっとそうなんでしょう。
  1. URL |
  2. 2015/09/01(火) 15:21:30 |
  3. レイトン愛 #-
  4. [ 編集]

現実逃避・・・

私も今日は現実逃避といきます。

えー・・・
その気持ちわかります。

いや、な、なんのことでしょうね。し、知りません・・・。

10年越しのシードについて

1960→1970→1980→1990→2000→2010の流れでやってみました。もちろん全米で

2000→2010 2人※2000年は16シードまで、2010年を16シード以上に限定すると0人

1990→2000 2人

1980→1990 1人

1970→1980 0人

1960→1970 2人

せっかくなのでクイズにしてみましょう。
おそらく、1番難易度が高いのは2000→2010ではないかと思います。
それぞれ誰でしょうか。

続いて15年越しというとても無茶な条件をつけてもう少しやってみようと思います。

1955→1970 1人
1960→1975 1人
1965→1980 0人
1970→1985 0人
1975→1990 0人
(※1974→1989 1人)
1980→1995 0人
1985→2000 0人
1990→2005 1人
1995→2010 0人
2000→2015 0人

まあこれはクイズにもなりませんね。
当然あの4人です。

番外
全仏であれば、
以下の例もありました。
1958→1973 1人 これもクイズにはなりませんね。

管理人様ならお答えできるかと、あえて名前を伏せてみます。
  1. URL |
  2. 2015/09/01(火) 15:26:35 |
  3. 2R #2mo2qD.Q
  4. [ 編集]

TOP10栄枯盛衰

時代の移り変わりネタでもう少し

最近、2003年から2014年までの年末TOP10選手の年ごとのランキングの推移を記録した一覧表を作りました。
この表は管理人様にお送りしています。

12年間で実に39人の選手が年末TOP10に名を連ねています。
その全てでTOP10に入っているのはフェデラー1人です。
そもそも2003年の年末TOP10でいまだに現役なのがそもそもフェデラーしかいません。

2003年のTOP10の内訳は、まず大ベテランのアガシがいて、1980~82年生まれのニューボールズ世代が5人、その中間の世代が4人です。ヒューイットはこの年はTOP10圏外です。

翌2004年には、前年のTOP10のうちシュットラー、フィリプーシス、グロージャン、フェレーロがTOP10圏外に落ち、低迷していたヘンマン、ヒューイット、サフィンが復活、新たな顔ぶれとしてガウディオが10に滑り込みました。
圏外に落ちた4人は以降年末TOP10に入っていません。
またこの年には、後のTOP10であるロブレドが13位にいます。

そして2005年に入り、満を持してナダルが登場します。そしてサフィンはこの年も頑張りましたが、惜しくもわずかに圏外に落ちました。モヤとヘンマンも圏外となり、この3人も以降年末TOP10には戻ってこれませんでした。
ガウディオは2年連続でぎりぎりの10位、ナダルの他にダビデンコとリュビチッチが登場しました。また、このとき11位にゴンザレス、14位にフェレール、16位にガスケ、19位にロブレドと後のTOP10選手が徐々に顔を出し始めています。

そして2006年には大きく動きます。
大ベテランのアガシがついに引退しました。これにより、この年の年末TOP10の最年長は1979年生まれのブレークとリュビチッチとなりました。
また、2年連続10位のガウディオは陥落し、TOP10に戻ることはありませんでした。
そしてヒューイットとコリアという2人のニューボールズ世代の選手たちもまた陥落し、同様にこれ以降年末TOP10には入っていません。コリアに至ってはあっという間に試合出場がほとんどなくなり、若い引退と相成りました。
この年の新顔は先述のブレークに加え、ロブレド、ゴンザレス、アンチッチです。
少し下を見ると13位にベルディヒ、14位にフェレール、16位にジョコビッチ、17位にマレー、18位にガスケがいます。
現在の上位選手たちですね。

続く2007年、前年TOP10に入ったばかりのアンチッチとブレーク、それにTOP10最年長だったリュビチッチが圏外に落ちます。リュビチッチとアンチッチは以降年末TOP10に入っていません。ちなみにブレークは13位でした。
この3人にかわってTOP10に入ったのがジョコビッチ、フェレール、ガスケの3人です。
最年長はゴンザレスでした。そのため、年末TOP10が初めて1980年代生まれで独占されました。
マレーは惜しくも11位。ベルディヒは14位です。

そして2008年。フェデラーからナダルへと1位の座が移った年です。
ここまで5年連続でTOP10を維持していたナルバンディアンが惜しくも11位で陥落、以降年末TOP10はありません。
ゴンザレスとロブレドが陥落、ゴンザレスはこの年も15位で、翌2009年も11位と奮闘しましたが、惜しくも復帰なりませんでした。ロブレドも何度か10位台に顔を見せていますが、いまのところまだTOP10には戻ってこれていません。
また、フェレールとガスケもここでは陥落となり、即座に定着とはなっていません。フェレールは12位、ガスケは25位です。
新顔はマレー、ツォンガ、シモン、そしてデル=ポトロ。またブレークがギリギリ10位で2年ぶりにTOP10に入っています。
この他、ベルダスコが16位、ソデルリングが17位にいます。
また、ワウリンカが13位、アルマグロが18位、ベルディヒは少し下げて20位となっています。
この3人が年末TOP10になるのはもう少し後になります。

2009年、この年陥落したのは2人だけ。ブレークとシモンです。ブレークは以降はTOP30にも入っていません。
シモンはこの年は15位。翌年こそランキングを1度下げましたが、その後はほぼ10位台に定着しています。
新顔はソデルリングとベルダスコです。
この他フェレールは17位、ベルディヒは20位。あと一応チリッチが14位にいます。

2010年、この年ようやく3年ぶりのフェレールとベルディヒがTOP10に。両者は以降TOP10を記録し続けています。
また、ユーズニ―が10位に入っていますがユーズニ―の年末TOP10はこれがいまのところ唯一です。
ダビデンコの陥落により、フェデラーが最年長TOP10になりました。この他。ツォンガが13位に下がり、デル=ポトロが故障で大きくランキングを下げています。あと一応チリッチが14位です。
アルマグロが15位、フィッシュが16位にいます。

2011年、ベルダスコが陥落した他、ソデルリングは単核症によって離脱を余儀なくされ、以降コートに戻れていません。また、ついにロディックが14位とTOP10から陥落しました。
このほか前年のユーズニ―に代わり、この年はアルマグロが10位に入っている他、今トレンドのフィッシュが8位に、ティプサレビッチが9位に入っています。また、ツォンガがTOP10に復帰しました。
故障から復帰したデル=ポトロは11位、ワウリンカは17位、ガスケは19位です。

2012年、フィッシュとアルマグロが圏外に落ちました。アルマグロは11位でした。惜しい。2人とも2011年が唯一の年末TOP10となっています。
かわって怪我から復帰してきたデル=ポトロと5年ぶりのTOP10復帰のガスケがともにカムバックを果たしています。
現在のTOP10選手が10位台にひしめいています。
ラオニッチは13位、チリッチは15位、ワウリンカは17位、錦織は19位です。

2013年、故障のティプサレビッチが陥落しましたが、残りの9人は前年と同じです。
この年初の年末TOP10入りを果たしたのがワウリンカです。ここまでが本当に長かったですね。やっと来ました。
ラオニッチが11位、錦織が17位と若手も安定して上位に来ています。

そして昨年2014年、ツォンガが12位とわずかに圏外に外れ、ガスケはランキングを下げ、デル=ポトロは早々に怪我で離脱、陥落しました。
TOP10は3枠が空き、錦織、ラオニッチ、チリッチがいずれも初めての年末TOP10入りを果たしました。
ラオニッチは1990年代生まれでは初めて年末TOP10に入りました。


1988年以降の生まれで年末TOP10に入ったのはデル=ポトロ、チリッチ、錦織、ラオニッチの4人だけです。
2013年まではデル=ポトロがほぼ1人で奮闘していたことになります。
また、ナダル・ジョコビッチ・マレーとBIG4のうち3人は1986・1987年の生まれですが、この年代でBIG4以外で年末TOP10に入っているのはガスケだけです。
時代の主役になっているため目立ちませんが、この年代から若い世代の台頭は限られていたであろうことがわかりますね。
1983~85年生まれの選手はどちかというと比較的でてくるのが遅かった遅咲き型あるいは晩成型で占められています。
ベルディヒはTOP20入りは早かったですが、そこから苦しみました。
1982年生まれのフェレールやロブレドも同じタイプですね。さらに上ではダビデンコやゴンザレスも比較的遅かったです。

1980~82年のニューボールズ世代は様々です。
先述したような晩成型もいますし、サフィンやフェレーロ、ヒューイットなどの早熟型もいます。
ヒューイットはそういった早熟型の選手の中では息の長い選手でしたね。
フェデラーやロディックはTOP10としては息の長い活躍を見せましたね。

さらに上になると、ブレークやリュビチッチも遅咲きでしたが長期安定とはいきませんでした。
これより上となると、全盛期自体がもっと前から続く選手たちになります。

ヘンマンは2003年時点で29歳、アガシに至っては33歳ですからね。


そして現在は2003年に22歳だったフェデラーがいまや34歳にしていまだ2位にいます。
先述したようにテニス界の勢力図は大きく変化しましたが、フェデラーは実に12年もの間TOP10に君臨し続けています。いやはや、これはものすごいことです。
1つ年下のフェレールもついにグランドスラムを欠場しています。それだけ力を維持するのは大変なのですが、2013年以外は3位以内でフィニッシュしています。

今後もこの行ける伝説を見守っていきたいですね。
  1. URL |
  2. 2015/09/02(水) 03:57:45 |
  3. 2R #2mo2qD.Q
  4. [ 編集]

>レイトン愛様

あれからもう15年ですね。もちろんリスペクトしていますよ。
グランドスラムの中でヒューイットが一番合っていたのはやっぱり全米だったと思います。
今回ドロー的にどうですかね、チェックできていませんがカルロビッチと対戦する可能性はありそうでしょうか。
まだギリギリで現実逃避期間なので改めてドロー表を確認する作業に至っておりませんで。


>2R様

クイズありがとうございます。
正直、難しいです。でも頑張って知恵を絞ってみました。せっかくなの全部の年を答えていきます。

2000→2010 2人 → モヤとハース
1990→2000 2人 → サンプラスとアガシ
1980→1990 1人 → マッケンロー
1960→1970 2人 → レーバーとエマーソン

分からないですねえ。特に最初と最後が難しい。
2000年~2010年ってちょうど狭間なんですよね。確実にこの選手だろうというのがいなくて。

あと、1960年も結構難しいです。当時のプロ選手を除外しないといけないですから。
一応エマーソンにしましたが、果たして70年にシードもらえてたのかどうか。


15年越し
1955→1970 1人 → ローズウォール
1960→1975 1人 → レーバー
1974→1989 1人 → コナーズ
1990→2005 1人 → アガシ
全仏
1958→1973 1人 → ローズウォール

まあここはさすがに合ってると思います。


  1. URL |
  2. 2015/09/02(水) 10:48:54 |
  3. Au-Saga #3/VKSDZ2
  4. [ 編集]

解答編+驚異の27年越しシード記録

管理人様、解答ありがとうございます。
早速解答といきたいと思います。

やはり難しいですよね。

2000→2010の正解は、ヒューイットとフェレーロです。
ヒューイットは2000年は第9シード、2010年は第32シードです。これはさすがに難しい。
フェレーロは2000年は第12シード、2010年は第22シードです。
20位台になると変動が激しいのでこれは自分も意外な2人でした。

ちなみにモヤとハースは2人とも2000年はノーシードです。
2010年は両者ともに全米には出場していません。ハースは故障による長期離脱、モヤは引退直前です。

1990→2000 サンプラスとアガシ
まあここはさすがに両者ともにまだ明確な活躍をしていましたのでわかりやすいですね。

1980→1990 ここの正解はレンドルです。
1980年は第10シード、1990年は第3シードで出場しています。
マッケンローは1990年がノーシード、ベスト4に進み大会後にランキングを20位から11位にジャンプアップさせています。もし当時から32シード制ならマッケンローも正解になっていたでしょう。
1980年のレンドルは4回戦で第7シードのソロモンに対して6-1,6-0,6-0という試合をやってのけています。すご。

1960→1970 ここはレーバーとエマーソンで正解です。
ローズウォールはすでにプロ入りした後でした。

続いて15年越しの解答です。
1955→1970 もちろんローズウォールが正解です。
1955年は第2シード、1970年は第3シードです。これは素直にすごい。
しかも結果は1955年は準優勝、1970年は優勝です。

1960→1975 もちろんレーバーが正解です。
1960年は第2シード、1975年は第9シードです。
1960年は準優勝、1975年は4回戦でボルグに敗れています。

1974→1989 もちろんコナーズですね。1990年はコナーズがほとんど試合に出なかった年で、グランドスラムにも一切出ていません。そのため1年ずらして強引にここに入れました。
そのため先ほどの10年越しではコナーズの名はありませんでした。こちらも1年前にずらせばコナーズも正解になっているところです。
1974年は当然第1シードで優勝、1989年は第13シードで準々決勝でアガシに敗れています。

1990→2005 もちろんアガシです。
1990年は第4シード、2005年は第7シードです。
1990年全米はアガシにとって同年全仏に続く2度目のグランドスラム決勝進出、そして2005年全米は35歳アガシの最後のグランドスラム決勝進出です。知っての通りいずれも準優勝でした。

最後に全仏の1958→1973 これは実はヒメノが正解です。
まずローズウォールですが、1957年にプロ入りしているため、1958年の全仏には出場していませんでした。

1958年全仏のヒメノは第16シードでした。4回戦で第1シードのクーパーに敗れています。
プロ化前のヒメノがシード選手として出場したのは1958年全仏、1959年全豪、1960年全仏の3大会だけです。
結果は4回戦、ベスト8、ベスト8。しかも後ろ2つは第4シードと第3シードと意外に高いシードがついています。
ちなみに1969年全豪(ちなみに1971年全豪でもシードつきです)でもシードがついているので、全豪では10年越しシードを達成しています。
1970年の全仏は欠場しています。

1973年全仏にはディフェンディングチャンピオンとして臨んでいます。これがヒメノ最後のグランドスラムです。
2回戦でビラスに敗れました。


結果はどうだったでしょうか。
正直、予想通りのところと意外なところがあったと思います。

コナーズやアガシのように、10年越しの例が数えきれないほど出るであろう選手もいます。
実際何例あるかと考えたら相当な数になりそうです。


そして追加で調べているとさらに恐ろしい記録が出てきました。
全豪と全米で1952→1977(全豪は1月と12月両方)で25年越しシードという選手がいます。
まあこれはさすがにクイズにならないので言いますが、当然ローズウォールです。
しかもその両方でベスト8以上に勝ち残っています(1977年1月に至ってはベスト4)。

ちなみに最後のグランドスラムとなった1978年の全豪でもシードに入っていますので、開催時期を考えると実に27年越しのシードということになります。すごい。

ところで1977年全豪は16シード制であっていますよね?
英語版wikipediaではなぜか2人しか記載がありませんでした。
ドイツ語版ではちゃんと16人記載されていて、ドローを見てもちゃんと16人がわかれているのでこちらが正解だと思うのですが。
  1. URL |
  2. 2015/09/02(水) 11:52:27 |
  3. 2R #2mo2qD.Q
  4. [ 編集]

15年越しシード追加+20年越しシード

15年越しシードをもう1人発見いたしました。

お次は1953全仏・ウィンブルドン→1968全仏・ウィンブルドン
という形で15年越しシードを達成しています。


さらにもう1人
今度は20年越しシードです。
ウィンブルドンで1949→1969、全米で1948→1968で達成しています。


前者はともかく、後者はおそらく容易に想像がつくかと思います。
こんなに息の長い選手はほとんどいませんし。

(上と下は別人です)
  1. URL |
  2. 2015/09/02(水) 15:01:11 |
  3. 2R #2mo2qD.Q
  4. [ 編集]

>2R様

クイズの回答ありがとうございます。割と難しいですね。
特にヒメノは個人的に気に入っている選手なだけに当てたかったけど
正直アマチュア時代の印象は全くないですからね。
シードをもらっていたという認識すらありませんでした。

それと更に出していただいた15年越しの方のクイズですけど、これも難しいですね。
オープン化後にぎりぎりシードをもらっている選手ということで
おそらくはプロ入りした選手なんだろうと思うのですが、
マルコム・アンダーソンか、ルー・ホードか、トニー・トレイバートか・・・
どれもピンとこないですねえ。

20年越しの方は、まあパン・ゴンだと思うのですが。

  1. URL |
  2. 2015/09/03(木) 19:34:18 |
  3. Au-Saga #3/VKSDZ2
  4. [ 編集]

解答

解答です。

15年越しはホード、20年越しはパンチョ・ゴンザレスです。

ホードは1953年全仏では第4シードでベスト8(セイシャスに敗退)、同年ウィンブルドンでは第6シードでベスト8(セイシャスに敗退)。
1968年全仏では第7シードに名を連ねていますが初戦を不戦敗、他にも不戦敗の選手が多数いることからオープン化直後の混乱の時期だったのがわかります。ざっと数えたところ全体のうち不戦勝・不戦敗が実に35試合(?)も記録されていました。
続くウィンブルドンでは第7シードです。3回戦でボブ・ヒューイットに敗れています。

マルコム・アンダーソンに関してはどうやら1957・58全豪→1972・73全豪という区切りでなら15年越しシードになるようです。
1957年は第4シードでクーパーに敗れてベスト4、1958年は第1シードでクーパーに敗れて準優勝、1972年は第8シードでローズウォールに敗れて準優勝、1973年は第3シードですが初戦の2回戦で敗れています。

トレイバートはオープン化後のグランドスラムには出場記録がないようです。



さて、全米では西岡とベルッシの試合が始まりました。
さすがに夜更かしはつらいので観戦はできなさそうですが、頑張ってほしいですね。
  1. URL |
  2. 2015/09/04(金) 00:14:28 |
  3. 2R #2mo2qD.Q
  4. [ 編集]

>2R様

ホードがオープン化後最初の大会でシードをもらっていたのは分かっていたのですが
1953年の方に自信がありませんでした。
一方トレイバートは1953年はいいのですが、オープン化後の方が自信がなくて
結局ホードもエントリーだけだったので、
それと同じような感じだったのかもしれないと感じましたが
さすがにもう出てはいなかったようですね。

アンダーソンは息の長い選手であることは分かっていましたが
具体的にどの年数までは定かではありませんでした。
でもこの手の回答に登場する選手は基本的に皆強い選手なんですね。

一連のクイズありがとうございます。
私的にはストライクゾーンど真ん中の内容でしたので実に楽しめました。

じゃあそろそろ、現実世界に戻るとしますか。

  1. URL |
  2. 2015/09/04(金) 08:49:07 |
  3. Au-Saga #3/VKSDZ2
  4. [ 編集]

全米 2回戦までの結果を見て

早速現実世界に戻ってみようと思います。

まずトップハーフ。
シードダウンは錦織、モンフィス、ディミトロフの3人。

錦織はペイルに、ディミトロフはククシュキンにいずれもフルセットで敗退。モンフィスは途中棄権でした。

一方ボトムハーフではシモンに加え、ソックが優位に試合を進めながら熱中症で途中棄権で敗れました。
シモンはヤングにフルセットで敗れました。カルロビッチもヴェセリにフルセットで敗れています。

ここから先はシード勢同士の潰しあいになっていきます。
グランドスラム198勝目を挙げたナダルは今季2敗しているフォニーニと対戦。4回戦ではラオニッチ戦が予想され、グランドスラム200勝までの道は非常に険しくなっています。

フィッシュとヒューイットはいずれもフルセットで敗れて最後の全米を終えました。
ニエミネンは初戦でツォンガに敗れています。

そういえば3人ともフェデラーと同じ1981年生まれなんですよね。
いやー、フェデラーすごいです。
全米ではまだ2試合で9ゲームしかとられていません。
6-1とか6-2ばっかりです。

ジョコビッチも2試合で失ったゲームは0と安定した試合運びです。

マレーは2回戦で2セットダウンからの逆転勝ちと苦労しました。37位のキリオス、35位のマンナリノという連戦はやはり不運とも言えます。次は30位のベルッシです。そして4回戦ではアンダーソンかティエムとの対戦が予想されます。かなりのタフドローですね。

ワウリンカはタイブレークでの勝負強さが目立ちます。2回戦は全てタイブレークで3セット奪っています。
2試合で4度のタイブレークすべて制しています。

西岡はベルッシにストレートで敗退。ということでここからは中立で観戦できますね。
  1. URL |
  2. 2015/09/04(金) 15:21:40 |
  3. 2R #2mo2qD.Q
  4. [ 編集]

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